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~見つける、つながる。音楽の街~

LIVE REPORT 山口洋『Scene of the Soul beyond 3.11』@国立 地球屋

私はまだ考えている。あの空間は、あの時間は、何だったのだろうと。実際に起きたこととしては、HEATWAVEのVo./Gt.山口洋が、わずか4ヶ月の間に開催へこぎつけた熱意ある国立の人々に“拉致”されたのがきっかけで、1日2回、「やまもりカフェ」と「地球屋」でライブを行った、というのが事実。そこには国立市民をはじめ遠くは福島県から人々が集まり、愛と熱気に満ち満ちたステージが繰り広げられた。

その日、何か特別なことが起こった訳ではない。例えばものすごい大合唱が起こったとか、想像を超える激しい盛り上がりになったとかそういうことはなく、むしろ初の古民家でのライブや、一心にステージを見つめる人達と、それを受けた本人の照れや困惑がふと見え隠れする、何というか、「誰もがとても人間的な」1日だった。ちょっぴり気恥ずかしくなるような密で、幸せな空間。しかしバンドのツアー直前に山口がわざわざ国立を訪れ、ライブを行ったことは、単にそれだけでは片付けられない、何か大きな意味がある気がしてならなかった。

「褒めようなんて思わなくていいからね。全力でぶつかってきてよ!そしたら俺も全力で噛みつくから(笑)」。記事を書くにあたり、そんなふうに言う大人に会ったのは、恐らく初めてだ。34歳の私も世間的には充分大人だが、誰もわざわざ会社や社会でそこまでまっすぐにものを言ってくれる人は、少なくとも周りにはいなかった。

だから私は今、まるで日記のようなこの文章を、筆者ではなく“私”で書き綴っている。仮にもモノを伝える場なのにこんなんでいいのかと思いつつ、初めて主観を中心にものを書いてみようと決めた。

前置きが長くなったが、HEATWAVEをラジオから流れる曲でしか知らなかった人間が、山口洋という人物に出会い何を受け取り、そして人生がほんの少し、だけど確実にどう変わったか。当日の模様と共に、彼だけにしか表現しえない音楽の力が少しでも伝われば、嬉しく思う。

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初めて演奏を生で聴いた時、そのギターの音色に息を呑んだ。たった1本のギターから奏でられているとは思えない、まるでエレキとアコギを使い分けているような多彩な音。その奥ゆきと変貌ぶり。やわらかく、耳を澄まさないと聴こえないほど小さな響きで惹きつけたと思えば、次の瞬間にはソリッドで目の覚めるような音がかき鳴らされている。それは機材や技術面だけでは決して説明できない音の世界だった。

“魔法”とか“変幻自在”って言葉は、こういうものに対して使うんじゃないだろうか。その美しい響きと、楽器を奏でる流れるような全身の動きに、知らず見入っていた。その音楽に身を委ねることの幸福さ。この人はとんでもないギタリストなんだと、理屈ではなく肌で実感し、しばし呆然とする時が流れる。

「トーキョー シティ ヒエラルキー」から始まったライブは、一曲一曲にその場所でしか聞けないようなエピソードを付け加えながら「ガールフレンド」「灯り」と続く。その音の波を全身で浴びながら、ふと思ったのは、「この人はエンタテインメントを見せるためにここに立ってる訳じゃないんだ」ということ。誤解を恐れずに言えば、山口洋のこのステージは、究極的には、エンタテインメントのくくりには入らないのではないかと感じたのだ。

私はいわゆる商業ロックやショーが悪いなんて思わない。ミュージシャンとして生きていく(あるいは食べていく)ために然るべきスタイルを確立し、観客を盛り上げ、決して置きざりにしない。ライブという時間があらゆる意味でミュージシャンと観客双方の“生きる糧”だとしたとき、やはりギブアンドテイクは暗黙の了解のように成り立っているものだと思う。しかし山口からは、観客に届けたいという思いはあっても、無理にでも盛り上げようなどという発想はないように感じられた。

ただここでライブを演ると決め、自分の生のギターや声を、届ける。まるで体の一部のように繋がり、生き物みたいに音を響かせるギターや、からだの内側からじんわりとあたたかくなるような歌声で、空気を変える。息が止まるようなものすごい演奏を見せたと思ったら、MCの後に「今日はウケないなぁ」と呟く繊細さを覗かせる(実際はそんなことないのに)。

山口洋のステージには、生き方には、嘘がない。52歳の大先輩をつかまえてこんな表現をしていいものかと思うが、この人は、ものすごく純粋であたたかな、少年のような心の持ち主なんだ。そしてやわらかで、軸がぶれてない。「俺は痛みが服を着て歩いているみたいなもんだからね」。ふと口からこぼれた彼の言葉が忘れられない。

彼にとって音楽というのは人生であり、エンタテインメントではない。音楽=人生という図式は、もちろんそれを志したり愛したりする多くの人に当てはまる表現だと思うが、それがここまで直結しているミュージシャンを見たのは、初めてだった。やまもりカフェのトークイベントで語られた震災への思いや行動を知り、地球屋で彼の音楽に触れた。大げさに聞こえるかもしれないけど、世界にこんなにまっすぐでかっこいい大人がいると知ったことは、私を、人ひとりの人生を、ほんの少し、だけど確実に変えたのだ。

もちろんお客さんのそれぞれが、この日様々な捉え方をしただろう。でもひとつ共通しているのは、あの日、あの場所であの時間を共有できたことが、大きさや自覚の差こそあれ、きっと誰もの人生に影響を与えただろう、ということ。そう言えるほど、ライブハウスは彼の放つ不思議なエネルギーに満ちていた。

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2ステージ目にも関わらず、この日3時間にもわたるライブを披露してくれた山口。「人間の特技は、失敗してもやり直せること。失敗があるから、今があるんだ。俺は音楽を続けてきて良かったと思ってる」。そんな言葉の後に演奏された「オリオンへの道」、そして「俺のような人間にとっての栄誉は数じゃなくてさ、100年経ったときに自分の曲が歌い継がれていたら、それだけで生きた甲斐があったと思うんだ」と話し、最後に歌われた「満月の夕」。その頃には、絶えずメモを取っていた手も止まり、ただ曲の世界に吸い込まれていた。

あの日からHEATWAVEの、山口洋の音楽はいろんな形で、今日も私の中で響いている。悔しかったり辛かったり楽しかったり失敗したり怠けたり矛盾してたり、人には言えない闇や恥ずかしいことだって、山ほどある。しかしそんな自分でも世界と向き合って、前を向いて生き続けようと、ふと電車の窓から外を眺める。そうしてただの音楽好き・34歳のささやかな毎日は、ほんの少し色づいたのだった。これから何がどう変化していくのか、分からないけれど。

触れることで、聴く人の人生に一生ものの感覚を残していく人。そんな音楽の力、人間の力を持っているミュージシャンとの出会い。その円環に、私はずっと感謝し続ける。

【SET LIST】
トーキョー シティ ヒエラルキー
ガールフレンド
灯り
Don’t Look Back
フリージア
Life Goes On

Hotel Existence
Blind Pilot
CARRY ON
ノーウェアマン
雨の後、路は輝く
OLD MAN
明日のために靴を磨こう
オリオンへの道

ENCORE:
千の夜
満月の夕

文/ 山田百合子 撮影/ 長塩禮子

国立「やまもりカフェ」でのライブレポートはこちら!
HEATWAVE Official Website