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INTERVIEW 優河 2nd full album『魔法』前編

初めて優河にインタビューしたのは、もう2年以上も前になる。私はほぼ初対面だったが、とてもそうは思えないほどスムーズに楽しく、そして実は記事にはしていない、とても興味深い話もできたことをよく覚えている。年齢では推し量れない話の内容や経験、佇まい。それと同時に彼女はまだ23歳のたおやかで可愛い、年相応の女の子でもあった。

今でも、大きなギターケースを背負い取材場所から1人てくてくと帰っていく、あの後ろ姿が忘れられない。それは凛としつつも健気で、何だかこれから彼女が沢山の人と交わりつつ、それでも1人、音楽の道をゆく象徴的な姿のように映ったからだ。

あれから彼女は26歳になり、黒髪の少女は髪を金色に染めて、再び私の前に現れた。
透明でどこか神秘的に「物語」を紡いだ世界を前作の『Tabiji』と表すなら、今作の『魔法』はもっとずっと個人的で、内省的なものに思える。そこにははっきりと「出会いや別れ」「悲しみや喜び」といった生々しさが息づき、“優河”という人間が、この2年間あまりで何を感じ、捉えてきたかがじわりと滲み出ているようだ。

父・石橋凌をはじめとする家族との共演や、おおはた雄一との活動。様々な経験を経て、今彼女は何を思っているのだろうか?「一瞬で世界を変える歌声」の持ち主、シンガーソングライター優河に、そしてうたをうたい続ける1人の女性に、話を聞いてみた。

「1人で自信と責任を持つ」って、腹を決めて作りはじめました

ー今回のアルバムは全然違う! 1stフルアルバム『Tabiji』より、ずっと優河さん自身が生々しく出ている気がします。

優河:そうですね。だいぶ変わったかもしれません。

ー『Tabiji』を制作した時と比べ、どんな変化があったのでしょうか。

優河:うーん…たとえば『Tabiji』のときはゴンドウトモヒコさん、ミニアルバム『街灯りの夢』のときはおおはた雄一さんって、これまではいつもアルバムを作る前から、誰かが一緒に制作に向けて動いてくれてたんです。でも、今回は初めて1人でやろうと思って挑みました。

ーそれはどうして?

優河:今まで沢山の人に助けられてきた部分があるから、これからも音楽を続けるなら、ここで1人に戻らなきゃ!って思ったんです。偉そうに聞こえるかもしれないけど、きっと誰かの助けがあると、自分の本領は発揮できないのかなって。…やっと巣立った、という感じです(笑)。

―もともとはリーダー気質だって言ってましたもんね。

優河:はい(笑)。これまで導いてもらった経験は本当に糧になっているし、感謝しかありません。でもこれからは自分1人で自信と責任を持って、腹を決めてやっていく。その覚悟が大事だなと感じて。当たり前だけど、このまま歌を歌っていくのに「誰かに言われてやる」じゃ何もできないし、何も生めないなって。

―なるほど。

優河:でも、走り出したはいいけどなかなか上手くいかなくて(笑)。千葉広樹さん(Kinetic、サンガツ、rabbitoo等)をはじめ、様々なミュージシャンに協力していただきました。けど、最初の心意気が全然違うんです。

「別れ」って、人を一番成長させるのかもしれない


―本作には新曲と、長年ライブで歌っている古い曲も収録されていますね。1曲目の「さざ波よ」はいつ頃できた曲なんですか?

優河:はい。「さざ波よ」は去年の4月頃なので、新しいほうですね。これはマスタリングまで岡田拓郎くん(ex: 森は生きている)がアレンジしてくれました。ドラムは増村和彦さん(ex: 森は生きている)。デモがすごく素敵だったので、そこからブラッシュアップしていきました。なので最初の段階からアレンジ自体は大幅には変わってないんです。

―歌詞ができたきっかけは?

優河:きっかけ自体は、ずっと飼っていた猫が亡くなったことなんです。最期が近い頃、2人っきりになったことがあったんだけど、そのとき「あぁ、もう死んでいくんだな」ってふと感じて。すごく悲しかった。けどその別れや命の始まりや終わりが、まるで寄せては引いていく波のように、当たり前で、とても自然なことなんだって思ったんです。それで「さざ波よ 全てさらって/はじめから 何もなかったように」ってフレーズが浮かんだので、そこから膨らませていきました。

―そうだったんだ。

これまでのイメージを一新する“魔法”

優河:このアルバム全体のテーマが「別れ」なんです。別々の道を行くとか、死別とか、いろんな意味の。でも私としては暗いと思ってなくて。この1年でそんな経験が特に多かったんだけど、だからこそ自分はすごく成長した気がする。別れってどんなものでも、もしかしたら人を1番成長させるのかなって。

―確かに、強制的に人を成長させる部分もありますよね。

優河:そう、だから「さざ波よ」に関しても、悲しいけど前向きっていう意識はありました。この曲からアルバム全体のトーンが定まっていくイメージがあったので、1曲目にしたんです。

―2曲目は「空想夜歌」ですね。これは下北沢leteで定期的にやっているソロライブのタイトルでもありますね。

優河:はい。この曲は『Tabiji』ができた頃に作りました。ファンタジックだけど今この瞬間の“現実”と交差している、lete不思議な空間をイメージしながら。

―すごく幻想的ですよね。バンドアレンジがさらにその世界観を深めていると思います。

優河:最初は全然違うメロディーで歌ってたんですよ。歌詞もBメロの部分はなかったんですけど、音源化にあたり、バンドありきならいいかな、と思って作りました。この曲では今回のレコーディングのために買ったエレキギターを弾いてます。

アンビエントな雰囲気に仕上げたかったんです

―次はアルバムのタイトル曲「魔法」。これは本当にしびれます! 今までと違う重厚な雰囲気、アダルトな優河さんが出ていて、新境地だと感じました。

優河:メチャメチャかっこいいですよね! 巨匠たちのプレイのおかげで。何なら私、いらないんじゃないかってくらい(笑)。

ーいやいや(笑)。

優河:この曲のドラムは神谷洵平さん(赤い靴)なんですが、神谷さんの作る音の空気感や余韻が素晴らしくて。千葉さんのウッドベースとの相性も抜群です。2人の演奏が曲の熱量をどんどん高めていって、そこに林正樹さんの冷静なピアノが入るという。その温度差がまたいいんです。

ーレコーディングはどんな感じだったんですか?

優河:結構何度も撮り直して、最後のこれだ!ってテイクを選びました。ライブで弾き語りをしてたときはすごく声を張ってたんですけど、いざそれで録ってみるとちょっと圧が強くて。田辺玄さん(録音・ミックス)の提案もあり、抑えつつも熱量は伝わる絶妙なトーンで歌うのが難しかったですね。

ーちなみにアルバムタイトルにした理由は?

優河:
はじめは収録曲の「岸辺にて」をタイトルにしようと思ってたんです。けどタイトルにはちょっと渋すぎるって話になり(笑)、「魔法」を選びました。

―優河さんのイメージや『Tabiji』の次回作のタイトルという点でも合ってるし、曲名と内容のギャップもまた素晴らしいと思います。とにかく多くの人に聴いてほしい!

優河:ありがとうございます。

―4曲目は「愛を」。これはずい分古い曲ですよね。

優河:18歳か19歳で書いた曲です。サラヴァ東京で働いてたときに作った『そらのきおく』というアルバムにアップテンポなバンドバージョンで収録していたんですけど、それは廃盤になってしまって。今回晴れて撮り直しました。

―ライブで聴いていた弾き語りバージョンとはだいぶ印象が違っていて、イントロのコーラスや全体の音作りなど、そう来たか!と思いました。

優河:この曲はharuka nakamuraさんにアレンジをお願いしたんですが、アンビエントな雰囲気にしたくて。弾き語りのままでは録りたくなかったんですよね。ハルモニウムの音をずっとバックで流すとか、レコーディングしながらどんどんアレンジが決まっていったんだけど、harukaさんって判断がすごく早くて。3時間くらいでできちゃいました。

―早いですね…! 歌声や歌詞のあたたかさと、音のバランスが絶妙だと思います。

優河:収録曲の中では、この曲だけノンリバーブなんですよ。だから歌が生々しいというか、グッと前に出た作りになってますね。

予想外のダンスナンバーかも。私にとっては変化球の一曲


―次が「夜になる」ですね。これはいつ頃できた曲ですか?

優河:これは去年の11月くらいですね。でも歌詞は3年くらい前のものなんです。

―アルバム全体のテーマが別れと伺いましたが、それはこの曲にも色濃くあるものだと感じました。優河さんの孤独やさみしさ、悲しみが滲み出ているような。

優河:そうですね…。たぶん、歌詞としては1番内向的かもしれません。いなくなってしまった人に対する、整理しきれない気持ちというのかな。そういう部分が表れていると思います。当初はショックで、悲しくてしょうがなかったんですけど。でも私が悲しんでばかりいたら、きっといいことないなと思って。

ーいろんな経験や感情を経て、今この曲が形になって世に出たということ、ご自身ではどう思ってますか?

優河:結局、自分の気持ちに余裕ができたんだと思います。それと、曲そのものを客観的に捉えられるようになったから。あと、この曲を選んだのは、今の自分に自然と馴染んだからでもあって。昔の歌詞って主張が強くて使えないことが多いんですけど、これは曲にしやすかったんです。

ーアレンジは、歌詞の世界観とは全然雰囲気が違いますよね。

優河:そうなんです! 曲を書いてみたら軽快になって。もちろんそうしたいって気持ちはあったんですけど、思った以上のダンスナンバーができたかな(笑)。千葉さんが素敵に仕上げてくれました。

―この曲があるとないとじゃ、アルバムの雰囲気がガラッと変わるなぁと。ちょっと前の時代のポップスっぽくて。

優河:昭和感ありますよね。何曲目にするかはすごく悩みましたよ。どこに置いても浮くという(笑)。

―個人的には間口が広い曲だな、と思ったのですが…。

優河:私的には変化球というか、アウトサイダーな感じもあるんですけどね。でもこの曲が1番よかったとか、結構反応いただいてますよ! 印象に残りやすいんですかね。

―はい。歌詞だけに引っ張られない作りだと思います。

優河アルバムの中で特に「余白」があるのかもしれませんね。音にも言葉にも。

後編に続く→

 

文/ 山田百合子 撮影/ 長塩禮子