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Emerald 中野陽介 1st Mini Album『On Your Mind』INTERVIEW 前編

 炎が、絶えずちろちろと燃えている。その炎は、いろんなものに姿形を変える。それはときに「アーティストとしてのマインドや誇り」の熱い炎だったり、ときに「仲間や音楽への惜しみない愛情や尊敬」の温かな炎だったり、またあるときは社会に対する「抑えきれない怒りや葛藤」の炎だったり。Emeraldのボーカル・中野陽介の心の内には、いつも“それ”が揺らめいている気がしてならない。今の音楽シーンやそこにいる自分たちを分析する冷静さ、それを言語化、実行する能力、そして「Emeraldの素晴らしさを知ってほしい」という叫びにも似た強い感情が、彼の中で常に同居している。それは何と生々しくて、何と人間的なんだろう。

私はたぶん中野との会話の端々から、そんなものを勝手に感じとり、人間として聴き手として惹かれ、どこか共感し続けてきた。繊細で愛情深く、プロであり、1人の表現者。またそんな彼とともに音楽を探求し、独自の世界観を以て世にコミットしようとする、頼もしいメンバーにも同様の気持ちを抱いている。だから今回オトマチで取材の機会を得たことが、とても嬉しい。

 中野がもはや敬愛してると言っても過言でないほど大きな存在である5人のメンバーと続ける、“プロジェクト”としてのEmerald。彼が正面玄関と語る1stミニアルバム『On Your Mind』の詳細と、今のEmeraldと中野陽介について、話を聞いた。

ー2nd フルアルバム『Pavlov City』から、『On Your Mind』はわずか1年強でリリースされましたね。経緯を教えていただけますか。

中野:前作の反応がすごく良かったのと、メンバーが「すぐに新作を作りたい」って言ってくれたんです。前作がその前の作品から約3年空いてましたからね。空くとまたやり直さなきゃならないし、『Pavlov City』で得た評価を次に生かしたい、「じゃあこんなのはどうだ」って、社会に打ち返したかったんです。

ー制作期間はどれくらいでしたか?

中野:短かったですよ! アイデア出しからマスタリングまで、5ヶ月くらいで作りましたね。

ー短いですね!

中野:大変でした(笑)。特に中村龍人(Key.)は、今回、5人分の管楽器のアレンジもあったから、寝ないでずっと譜面を書いてたときもあったくらい。今作では藤井智之(Ba./Cho.)がリード曲「ムーンライト」、「東京」を作曲してるんです。俺は自分で作詞作曲した「Feelin’」以外は、歌と歌詞でバンドの音に乗っかっている感じに近いかもしれません。

ーなるほど。

中野:Emeraldって誰かがデモを持ってきても、みんなでアレンジして原型がなくなっちゃうことが多いんです。けど今回は、それぞれが持ってきたデモ音源を大事にしました。「この曲ってドラムが作ったんだ!」って聴いた人が驚くような、そのほうが面白いよねって。みんなの実力を余すところなく見せたかった。黙ってるとフロントマンの俺が全部作ったみたいな感じになることもあるから。そんなずるいことってないじゃないですか。

ーもともと、一人ひとりに音楽のキャリアや意識がしっかりあるバンドというイメージを持ってました。

中野:本当に一人ひとりが独立してるし、バンドをやっているというよりは、みんなでEmeraldというプロジェクトに参加してるイメージなんですよね。


社会とちゃんとコミットするために、僕らは音楽をやっている


ーではアルバムについて聞かせて下さい。まずタイトルの理由は?

中野:今までは自分たちの完結したストーリーを作って、それを世に問うというスタイルだったんです。けどそれだけじゃ、思ったより社会とコミットできてないなと。もっと聴き手の生活、日々に寄り添ったものじゃないと届かないんじゃないかと思って。ちゃんと相手がいる、「あなたのこと」という思いを込めてこのタイトルにしました。何で音楽やってんのって聞かれたときに、社会とコミットするためにやってるって姿勢がないと、バンドとしてよくないなと思ったんです。

ー聴き手としては嬉しいですね。もとから聴き手に寄り添ってくれる音楽だとは思ってたけど、より「自分の事」に近づく、素敵なタイトル。

中野:このタイトルも智之が考えたんです。今作は智之プロデュースの要素が大きいんですよ。彼がこうしたいって意向を全面的に汲んで、みんなで考えました。

ーそのスタイルは今作から?

中野:前作も相当その傾向があったけど、彼がやりたいってことをやらなきゃバンドに命が吹き込まれないんですよね。うまく言えないけど、俺は歌えて歌詞も書いてるから、ある程度満足できるんです。でも彼がベースを演奏していて、「何で弾いてるんだろう」って思ったとき、彼自身が音楽を世に出すことへ意味を見い出せてないといけないという気持ちがあることがわかって。彼はEmeraldというバンドを、自分の「こうありたい」を発信する場所として捉えている。それを本気でやりたいんだなというのが伝わったので。だから俺がどうしたい、というより、今一番強い気持ちを持ってる人に寄り添っていく形にしたんです。

ー今作はもはや智之さんプロデュース作品といっても過言ではないんですね。では、1曲目「ムーンライト」はどうやって制作されたんですか?

中野:この曲は智之の頭の中にあったイメージを、彼と中村が一緒にデモに起こして、それに俺風呂場でアイフォンにラップをかけて歌を入れたのが始まりです(笑)。『Pavlov City』をリリースした頃には既にあったんだけど、当時Emeraldが目指していたネオソウルの流れを鑑みるとあまりにポップだったんで、まだ今じゃないかなと。

ーポップでキャッチーで、歌詞やメロディーは切なくて。今作自体もそうですが、この曲は渋谷の街頭ビジョンやラジオなどでも多く取り上げられてますね。以前、次の作品はすごくオープンな新しいものになると話してくれましたが、本当にその通りだなぁと。

中野:はい。たくさん取り上げてもらえて、ありがたいです。今回新しいEmeraldを見せようと思って、ポップな曲作るんだったら、これをモノにできなきゃダメだよねという話になり、初めてみんなでこの曲に挑んだんです。

ーそうなんですね。

中野:メロディーはできた当初からほとんど変わってないけど、初めはなかなかアレンジがうまくいかなくて。コード進行は最初に智之が持ってきたものをそのまま使ってます。結局今のアレンジに落ち着いたのは、磯野好孝(Gt.)の案も大きかった気がします。グルーヴ作りも磯野を中心にやりました。

ーグルーヴに関しては、どの曲も大体磯野さん主体なんですか?

中野:結構そうですね。磯野が納得した全員が乗って成立するグルーヴでないと、曲にならないというか。

ー歌詞もロマンチックというか、ときめきますよね。何歳になっても、分かる! みたいな。

中野:ですよね! 本当は結びつきたくて、一生懸命距離を埋めようとする男の人と、女の人の話。結局冗談言って笑い合うだけのもどかしさというか。それって、実は俺がずっと音楽やってきてる心境とかぶるんですよ。だから歌詞の最後に「歌を歌う日々よ」って入れてるんです。でも、ちゃんと「君は僕のものさ」って胸張ってるほうがカッコいいな、という思いもあり。カッコよくてロマンチックな自分になりたくて書いた曲です。…いろんな自分がいるんですけどね。ロマンチストな自分と、すごく冷めてる自分。でもこの楽曲とグルーヴで、ちゃんと歌えなかったらカッコ悪いなという思いはありました。

ー幅広い人に聴かせる、いろんなエッセンスが入ってると思います。コーラスもカッコいい!

中野:こういうアレンジが入るのがね、Emeraldのいいところだと思います。

ーカラオケ映像テイストのMVも印象的でした。ちなみにでき上がるまではどういった流れだったんですか?

中野:面白いですよね。案は、多くのミュージシャンのMVを手がけてる会社luteさんに完全お任せ。“”がテーマということだけ伝えて、それをluteさん側がこう受け取ったんだなって感じですね。ポップスってカルチャーなんで、メディアを巻き込んでやれたのはすごくよかったなと。自分たちだけの思いじゃなくて、関わってくれる人たちの思いも乗って広がっていくのが、ポップカルチャーなので。そのよさが出たなぁというのは、MVを見たときに感じました。

自分をさらけ出せないって、結構カッコ悪いことかもしれない

ー2曲目の「Heartbeat」、作曲はドラムの高木陽さん。渋谷WWWの自主企画ライブでも盛り上がりましたね。

中野:ライブ映えしますよね。これは高木陽(Dr.)のデモから起こした曲を、みんなでアレンジしました。彼は演奏至上主義で、とにかくドラムを叩くこと、信頼し合える仲間と一緒に音楽をやることが楽しい人間なんです。自分がドラマーとして世の中に重宝されたいって気持ちがない。才能と実力があるから、彼が外に扉を開いてしまったら引く手あまたになってしまうほど、すごいドラマーだと俺は思ってます。

ー以前、ライブのMCでもすごく褒めてたのが印象的でした。

中野:すごいんですよ! 彼の曲は、智之が書いてくるようなメランコリックやエモーショナルな要素はあまりなくて、スポーティーなんですよね。ドラマーだから、フィジカルでリズミカル。けど、そのスポーティーな楽曲に言葉を乗せるというのが、正直俺は一番苦手なんです。

ーそうなんだ。

中野:メランコリーさや切なさに刺激されて書くことが多いので、この曲の作詞だけ最後まで苦戦しました(笑)。

ー歌詞はどうやって書き上げたんですか?

中野:これはAメロの「誰と居てもどこに居ても/心は外/いつまでも外/ここじゃないどこか/僕じゃない誰か/君じゃない君は/見つめていた」を軸に書きましたね。こういう女の子っていません? 特に思春期とか、まだ自分の運命の人を分かってない頃の女の子って、誰にでもいい顔するし、甘えるじゃないですか。 でも実際付き合ってみたりすると付き合い方が分からないから、表層的になっちゃう。男としてはそれが 物足りないんですよね。でも男は男で、そういうもんかなぁと思いながら一緒にいる、みたいな。

ー今、そんな男女の姿がありありと浮かんできました(笑)。

中野:(笑)。相手の本質に触れていくことができない2人。でも「いつか答えが出るんじゃない?」って流れに身を任せていく、スポーティーな男女をイメージしたんです。誰もが羨む優等生カップルっているじゃないですか。でも実はその2人ってそんなに愛について分かってないんじゃないかなって感じを、曲にしてみようと思いました。

ーなるほど。

中野:だから「君じゃない君」なんですよね。自分を確立していないっていうか。でも片思いみたいな悲壮感はないんです、2人とも優等生カップルだから。カッコ悪いことはできない。

ーいろんな思いや考えが込められてるんですね。

中野:俺は大体Cメロで一番歌いたいことを歌うんです。最後の一節が、メインで言いたいことが多い。この曲だと「溢れてしまったら/悲しいことだよ/乾くまで/待てはしないでしょ/ここじゃないどこか/僕じゃない誰か/君じゃない君を見つめていた」の部分です。

ーそうなんですね。

中野:気持ちが溢れたら、今の若い子たちはカッコ悪いって思うだろうけど、考えようによってはゆっくりのんびり流れに任せて、グラスの水が溢れないようにしつつ、何かを交換してやっていこうよっていう思いあるよなとか。…カッコ悪いことができないカッコ悪さ、みたいなのを歌にしたかったんですよね。カッコいいに囚われて、自分をさらけ出せないって、結構カッコ悪いことなんだよなっていう気持ちもあり。

ーちょっと若い世代への歌って感じですかね。

中野:そんな感じ。めちゃくちゃ若い子たちのことを考えた。実はそういう歌詞なんです。

「東京」はベースの藤井智之が持つ美学に、心酔して書き上げた曲

ー続いてはシングルカットもされている「東京」。これは智之さんの作曲ですね。

中野:はい。智之が持っている美学に、俺が心酔して書き上げたって感じです。転調がめちゃくちゃ多いので、その辺は難しかったな。スムーズに聴こえると思いますが、楽曲的には展開が多いんですよ。俺はコード弾いてるだけだからそこまでじゃないかもしれないけど、メンバーは大変だったと思う。デモ聴いたとき、最初みんなビックリしてた。どーやんのこれ、みたいな(笑)。

ーなるほど。曲名もいいですよね。Emeraldが今、漢字で「東京」って曲を出したことが、インパクト大でした。

中野:曲名決めたの、磯野なんですよ。レコーディングのとき、みんなでプレイバックを聴きながら「…これは“東京”だね」みたいな。

ーそうなんだ! 歌詞作りはいかがでした?

中野:ものすごく忙しい人のことを想像して書きましたね。寝る暇もないくらい多忙なのに、それを否定的に捉えないで、胸張って生きてる人。で、胸張ってることもいちいち言わないし、いつも夢を持って都会を生き抜いている人。今はみんな自分のことをブランド化しないといけない時代だから、自己啓発本みたいなものを読んで落とし込んでいく人も多いと思うんです。けどそもそもの気高さや強さっていうのは、みんな本来持っているものだよなと僕は思ってて。それを当たり前に持ってる人のマインドってどんなんだろうというのを自分なりに書きました。

制作過程はいかがでしたか。

中野:個人的な思いで書いているというよりは、まずテーマがあり、それがオケに引っ張られて自分からスルスルと出てきた言葉をキーにして、ストーリーにした感じです。あと、これは今までの曲作りの中で、デモが上がってきてから完成までが一番早かった。レコーディング始まってるのに、まだ歌詞ができてなくて、メロディーもまだ半分しかない、みたいな状態だったから(笑)。でも、その限られた時間の中でパッと出すことも必要だと思ったんですよ。

ー確かに。ちなみに、これをシングルに選んだ理由って何でしょう?

中野:「ムーンライト」でバーンと行くのもよかったんですけど、エメラルドが久々に音源出したぞってときに、漢字の「東京」って曲を出したら、ニューモードが伝わるんじゃないかっていうディレクションですね。

ー伝わりました! 驚きましたもん。

中野:で、演奏はしっぽりしているという。その後に「ムーンライト」が出てきたら、いかに今回のEmeraldがこれまでと違うかが、伝わるんじゃないかなって。

ー個人的に「東京」は、都市や、そこで生きる人のワンシーンが、とてもうまく切り取られている気がして。全てが見えるわけじゃなくても、イメージが湧くんです。それは自分の中の都会であったり、他の人の都会であったりして。

中野:ありがとうございます。Emeraldの中で、一番いい曲かもしれないですね。というか、Emeraldらしい曲。

絶望に近い“永遠の青”が心にあることで、強くもなれる

ー4曲目は「everblue」。これはバンドで作曲してますね。恋愛の曲かなと思ってるのですが…。

中野:これはEmeraldを結成した頃の曲です。作ったのは2011年か12年かな。前のバンドを解散した後で、また新たに音楽始めたのはいいけど、「このバンドでもう1回シーンの中心に戻ってやろう」って思いにはまだなれなかった頃で。セッションから生まれた歌詞なんですが、後で読み直したときに「まるで音楽がなくなった後の、自分の人生のような歌詞だな」って思ったんです。だからこの曲は、個人的には恋愛の曲というより、音楽に対する曲。自分の中から、素直に出てきた歌詞ですね。

ーそうなんだ…。歌詞は作った当初のままですか?

中野:結局、恋愛に寄せましたね。けど根底にあるのは“何かを諦める”とか、“突発的に出会えたものが、すごく強いもの”で、一度始まったら止められなくなって。でもそれが終わり、普通の日々が始まるという感じ。

ーうん。

中野:音楽というものと出会ってしまった1人の男が、強烈な体験…どんなに深く求めあっても埋めれない隙間埋まる体験をしてしまったという。

ー恋愛におけるさみしい、辛いという感情ともリンクしますよね。個人的には、音楽、バンドをやってくことって、つくづく恋愛に似てるなって思うんです。メンバーとの関係とかやりとりとか、もはや。

中野:うん。恋愛の手触り、質感、感情とすごく密接な歌詞。これは俺にとって、喪失の時代の歌です。「Summer Youth」って曲の親戚みたいな感じ。「Summer Youth」に次ぐ名曲かもしれない。思春期の無防備で無鉄砲だった時代を思わせるような。

ーアレンジは当初と大分変わりましたか?

中野:当時一発録りしてた音源を、今出しても恥ずかしくないようなアレンジにしたんです。デモの段階でめちゃめちゃよかったんで、変わっていくのが正直最初は嫌でしたね。けど最後の最後までアレンジを詰めた結果、こっちのほうがいいなって俺も考えが変わって。結構音を削ってシンプルにしてから、いろんな音を隠し味みたいに入れました。それがレイヤーになると、「あぁ、ちゃんとよくなったな」って。イメージとしては真心ブラザーズの「ENDLESS SUMMER NUDE」みたいな感じですね。管楽器も入っていて。

ーなるほど。ちなみに、この曲名にした理由は?

中野:これも智之から出てきました。そのイメージは自分でも納得してて、そのまんま、「ずっと青い」ってことですね。自分にとって、これ以上の幸せとかこれ以上の心の隙間が埋まることがないっていう、絶望に近い意味です。でもそれって、ずっと心の中にあってもいいのかなとも思っていて。ever blueを持っていることで、強くなれることもある。

後編へ続く